『最近のこと』

diary

1、戦争のこと
2、日記のこと

2025年8月15日📝

ここ最近は夜更かしだ。夜中にテレビをつけると連日、戦争のドキュメントが放送されている。心苦しいながらも見てしまう。当時の日記をAIで集計して、多く書かれている単語とかが分かってより当時の暮らしが見えてくる。1941年の日記は現代と変わらない楽しい愉快な暮らしがあった。二次会、シネマ、ナポリタンという単語が並んでいた。しかし、開戦すると配給という単語が多くあった。

当時の日本は戦争に負けているのに国民に負けてないような言い回しをラジオや新聞で発信していた。船が何隻も沈没してるのに、大勢の命が奪われているのに、それを伝えずに隠していた。だから国民は日本は強い、勝っていると勘違いしていた。

思い込まされてるって今で言うもう洗脳状態よね。。でも当時の人々は心から祖国のためにと想っていたのだから洗脳とか言っちゃいけない。。

ひとりひとりの日記を見ていると疑問や怒り、嘆きの声が書かれている。当時の日本は思っていても口には出せない状況だった。個人の意見を言ってしまうと非国民とか愛国心に反してるとか叩かれちゃう。でもやっぱり人は人。たくさん思ってることがあったんだと日記から分かる。

ひとりひとりに夢があったり、好きな人がいたり、愛する家族がいたり、今と変わらない日本人の暮らしがあった。その人たちが戦後に生まれていたらと思ってしまう。そしてもし私がその時代に生まれていたらと思うだけで恐ろしい。

友達のマリアさんに、今の時代、日本という国に生まれたあなたは恵まれていると言われたことがある。私はよく動物アレルギーや体質や気質を親の遺伝のせいだと恨んでしまうことがあるが、この時代に誕生させてくれて感謝しなきゃいけない。

80年前までは国同士で戦っていたのに、現代は自由に国外旅行ができたり、オリンピックがあったり、国際結婚したり、もう戦いはない。平和になって良かったと思う。しかし戦争があったからこの時代があること、ひとりひとりが戦っていた、ひとりひとりに暮らしがあったことを忘れちゃいけない。

そして戦争を生き延びた人々も心の傷をずっと抱えていることも忘れちゃいけない。

毎年8月は、ちゃんと戦争があったことに向き合わないといけないと思いました。

2 日記 

日記のおかげで当時の人々の暮らしや現実がわかった。そして日記は何十年も何百年も前から人々の暮らしのお供だったんだなぁと思う。

私は2025年から日記を書くようになった。文房具にハマったのがきっかけ。毎晩日記を書いてるが、日中や空き時間、散歩中でも日記というかメモを書く癖がついた。もう日常の一部になっている。日記を書く時間をとりあげたれたら泣く。日記を書いたら悩みが解決するわけではないが、自分と向き合えて冷静になれてまた頑張ろうと思える。

戦時中に日記を書いていた方、戦いながら日記を書いていた兵隊さん、その時間はどんなものだったのだろうと想像しちゃう。一文字一文字に感情が詰まっている。

文章というものは、日本語というものは素敵で芸術だなと近頃思う。自分のことが唯一好きだと思えるのは自分の字だ。習字を習っていたこともあり上手に綺麗に字を書ける。だから日記を書くのは楽しい。私は絵心はないが絵を上手に書ける人はとても楽しいだろうなと想ってしまう。

私は日記も書くし、このようなブログもやっている、そしてYouTubeもやっている。媒体は違うけど内容は全部同じ。LOGを残してるだけ。映画見たら日記に書いて、ブログに書いて、動画も作る。

発信が好きなんですね❣️と思われるかもしれないがそうではない。

私は自分に向き合うのが好きで、家で1人で作業するのが好き。日記もブログもYouTubeも全部、1人で家で作業している。その作業が好きだからやっているだけ。その光景というものは非常に暗いと思う。笑。私は日々とか日常とか日頃というものが好き。それを残したい。本当にそれだけでやってる。これからも、おばあちゃんになっても書くということ続けたい。せっかくだから文才力というか表現力も身につけたいと思うがなかなか難しい。。書くというのは面白いもので書き始めると予想してなかったアイデアに出会えることがある。それが面白い。書くということが面白い世界へ連れて行ってくれる。だからこれからも日記を書くときだけは心を解放してペンを持ちたい。

今日は終戦の日。戦争の特集がたくさんある。数年ぶりに火垂るの墓も放送される。辛いけどちゃんと見て歴史を知らなきゃと思います。もう戦争の体験者もいなくなる時代に突入するからこそちゃんと見て考えなきゃいけない。

♡𝕋𝕙𝕒𝕟𝕜 𝕪𝕠𝕦コメント💌